2017年5月28日

詩編 94:8-19 「辛かぁ!」

 
 「おしん」、NHK連続テレビ小説としてダントツの視聴率でした。おしんの人生はひと言でいえば、「辛抱(しんぼう)」でした。その辛抱強さに涙しました。私たちの心にも勇気が与えられ、「よし、私の辛さなど、辛抱できないはずはない」と励まされたものでした。

 

この94編が書かれている状況は、信仰が失しなわれ、神を神とも思わない、ごう慢で、利益のみを求め、愛のない、自己中心な人たちが支配する社会になっていました。そのため、守られなければならないやもめや孤児、他国からの寄留者(難民)が辛いめにあわされていました。
 ですから、詩人は正義感と信仰心から、彼らのそのごう慢さが、神にさばかれるはずだと確信していました。
 それだけに、詩人はそのような人たちからひどい迫害を受けていました。神に「助けてください」と叫ぶほどにです。自分は正しいと主張すれば主張するほど、思い煩いに悩まされました。「なぜですか」と詩人は神に尋ねました。

 

そのとき、詩人は気付かされました、苦難に会っている自分こそが人をさばくごう慢な者であり、神からのさとし、教えに聞き従っていなかったということを。
 そして、心を神に向けたとき、神との真実の出会いと交わりが与えられました。心の静けさを取り戻すことができました。「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない」(イザヤ7:5)。思い煩いから解放され、心に慰めが与えられました。

 

詩人は苦難の意味を知ることができました。苦難の中においてこそ、神との出会いと交わりが与えられること、そして、どのような苦難に会っても、神に信頼し、神を避難所とすることができることとその幸いを経験しました。

 

私たちも、種々の苦難、困難に会います。そのようなとき、本当に「辛らかぁ」と思います。しかし、その辛さを通して、自分の姿が見えてきます。弱さも、自分の限界もです。そのような私たちを神は憐れみ、「その辛さを共に味わっているよ」と語ってくださるのです。
 イエスさまは十字架に架かられ、その辛さを通し、私たちへの愛を証ししてくださっています。「辛かぁ」というつぶやきの内に希望は既にあったのです。

 
 

 

2017年5月21

ルカ 15:25-32 「どっちも好きだい!」

 

 落語「子はかすがい」、言葉の勢いで、おかみさんは男の子を連れて出ていってしまいます。2,3年たちますが、父親は子を忘れることはありません。ある日、いじめられている子を助けると、その子でした。近くのしるこ屋にいき、「しること団子、どっちが好きか」「どっちも好き」という。明日、ここでまた会おうと約束します。ところが、母親がその子の様子がおかしいのに気づき問い詰めます。内緒で父親に会うと知って、「おとっつぁんとおっかさんと、どっちが好きなんだい」と尋ねると、泣きながら「どっちも好きだい」と答えます。これがきっかけで夫婦が仲直りするという噺です。

 

 ルカ15章のこの箇所は、「放蕩息子(ほうとうむすこ)」のたとえとして知られています。二人の兄弟、その弟息子が親の財産を放蕩に費やしてしまう。そのような子を父親は身を切られるほどに心配し続けました。ところが、無事に帰ってきたその弟息子を父親は責めるどころか、最大限の歓待をします。父親の愛の底抜けさが示されました。

 

 今日の箇所は、その兄弟のうちの兄息子の話です。何も知らずに、一日の農作業を終え、帰ってきたところが、家では大宴会が開かれていました。聞けば、弟息子が帰って来たので、父親が嬉しくなって、祝宴を行っているのだと。
兄息子は、弟とは全く対照的でした。なによりも、父親思いでした。親孝行な模範的な息子でした。弟のように、父親を心配させてはいけない、父親に心配をかけない、安心させること、それが息子としての務めと励んでいました。
「不真面目で、したい放題していた弟が喜ばれ、真面目に、したいことも我慢してきた私は父から何もしてもらったことはない、ささやかな宴会さえ持ってくれたことはなかったではないか。そんな不公平なことがあっていいのか」と、兄息子は怒りました。

 

 確かに、兄息子は真面目で、父親思いの優しい人でした。しかし、父親の真の思いを本当は知らなかったのです。父親は兄息子を愛し、同じように弟息子も愛していたのです。どちらも大切な愛する息子なのです。だから、兄弟二人が愛し合うことを心から願っていたのでした。性格も価値観も違う二人が互いに助け合うこと、愛し合うことこそ、父親の願いであったのです。

 

 私たちの愛はどうでしょうか。好い人は愛せても、敵をも愛する愛になっているでしょうか。「どっちも好きだい!」といえる愛があることを、イエスさまは十字架の上で示してくださったのです。

 

 

2017年5月14日

サムエル 2:18-21 「母の信仰

  

 「パピーウォーカー」、将来盲導犬となる子犬を1歳になるまで預かって、育てる家族のことです。子犬が社会性を身につけるためであり、なによりも人にかわいがられ、人とのよい関係を経験させます。ところが、その期間が終わり、養成所に返すと、もう二度と会うことはできません。新しい環境を受け入れさせるためです。パピーウォーカーにはその覚悟が求められます。

 

 イスラエルに、王が立てられる以前は、士師(しし)という指導者が立てられました。士師は裁判官、祭司、預言者であり、指導者でした。サムエルはその最後の士師ともいえます。
当時、隣りの国ペリシテから苦しめられ、人々は神により頼もうとしますが、肝心の神殿に仕える者たちは神を無視するありさまでした。しかし、人々は神殿への信仰を失ってはいません、時にかなった礼拝が献げられていました。
サムエルの母になるハンナは、子がないことの辛さを味わっていました。神殿にもうで、あまりの辛さに、涙ながらに祈りました。それは見ていた祭司エリにとがめられるほどでした。「男の子を与えてくださるよう、その願いがかなえられるなら、その子を神に献げます」と誓いました。

 

 人々が神殿信仰に失望しているとき、ハンナが子のないために苦しみを味わっていたとき、その祈りに答える形で、サムエルは誕生しました。
希望を見出すことが困難な時、あきらめることなく、神に祈りつづける人々に神が答えてくださったのです。
しかし、そのことは、新しい辛さをハンナが味わうことでもありました。祈りがかなえられ、誕生した男の子サムエルを乳離れするまで、ハンナは育てました。しかし、誓いを果たさなければなりません。3歳になったばかりの幼い子をエリに預けます。その別れはどれほどか辛いことだったでしょう。子を人に託す、大きな勇気が必要です。それが、評判の悪いところであっただけに、ためらいがあったはずです。

 

 サムエルは神にも人々にも喜ばれる者となります。それは、ハンナが毎年、サムエルのために、小さな上着を縫(ぬ)って届けつづけた、母親の愛があったからです。この母の愛と信仰によって、サムエルは悪い環境の中でもすくすくと育ったのでした。
状況に負けない母の愛に、私たちは出会い、慰めと励ましを受けます。

 

 

2017年5月7日

ヨブ 9:14-35 「ごまめの歯ぎしり!」

 

 「ごまめの歯ぎしり」、「ごまめ」とはカタクチイワシのこと、正月料理の「田作り」のあの小さな魚です。小さくても、いっちょ前の魚です。しかし、高級魚のように料理されることはありません。無力であることの悔しさが「ごまめの歯ぎしり」にこめられています。

 

 ヨブのもとにやってきた友だちは、ヨブの姿に圧倒されました。あまりの悲惨さに、慰めの言葉を失うほどでした。ところが、ヨブが神に憐れみを求めるのではなく、神をののしり、自分の正しさを主張するのを聞き、考えが変わります。神の正しさを弁護し、神を畏れないヨブを非難します。

 

 ヨブは、決して神の正しさを否定していたのではありません。友だちのいう神の正しさを受け入れていました。神の正しさを受け入れれば受け入れるほど、神がヨブにしていることが、ヨブには分からなかったのです。
だから、ヨブの問いかけに答えてほしいと願ったのです。ところが、その問いかけに答えはなく、あるのは沈黙と苦しみの現実でした。
ヨブは徹底的に無力感を味わいます。どれほど努力しても、どれほど真剣に神に向かいあっても、神は答えてくださらない、そして神とはそのようなものだとあえて答えているかのようでした。まさに「ごまめの歯ぎしり」でした。

 

 友だちの助言は模範回答です。教えられたままを語っているだけです。ところが、ヨブは自分の体とその苦しみを通して、また自分の歩みを通し、神に向かいあい続けました。たとえ、それが「ごまめの歯ぎしり」であったとしても、自分を誤魔化すことなく、本心から神にぶつかっていきました。

 

 試練に苦しんでいること、それがその人の真実を示します。ヨブは苦しみの中を歩み続けることで、自分の真実を現わし続けました。
弱さに徹しきっているからこそ強いと、聖書はいいます。「ごまめの歯ぎしり」でしかないことが、その主張が真実であることを証ししています。

 

 神との真実の出会いと交わりを求め、ヨブは努力しました。しかし、そうまでしても、自分と神との隔たりを埋めることができないことを知り、神と自分との仲介者を切望しました。
「ごまめの歯ぎしり」のようなヨブの願いが聞かれ、私たちにイエスさまが送られてきました。しかし、ヨブのように、自分自身と神に誠実に向かいあうことで、イエスさまとの出会いが与えられることを忘れてはいけません。